「Kotoba」(集英社)2013年春号より転載/文・柳田由紀子

photo by Nicolas Schossleitner
若い頃から精神世界にのめり込んだジョブズが、生涯でもっとも長い間向き合ったのが「禅」だった。とりわけ、日本人の禅僧、乙川(旧姓・知野)弘文(こうぶん)との30年におよぶ交流がジョブズに与えた影響は絶大だった。その一端は、コミック『ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ』にも描かれている。知られざる禅僧の人物像に迫る。
弘文の死後、乙川家には京都大学大学院時代に書かれた日記や学習帳が残された。そのうちの一冊、『鳳来孫日録 京洛』と題された弘文の日記は、一九六0年九月一三日に始まる。
「今日は故衛藤即応(えとうそくおう)師の月忌である。来月のこの日で御遷化(ごせんげ)より満二ヶ年。即ち三回忌である。御遷化当時を顧れば、あの霧のたちこめた朝の空気が実感となって迫って来る。御通夜の晩の事、お邸からの帰途、星空に向って声をのんで涙を流した事」
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