2015年10月26日

別府温泉郷4泊5日の記:よっ、別府、ニッポン一!

「何と言つても、温泉は別府だ。別府に比べたら、伊豆の熱海や伊東などは殆ど言ふに足りない」ーー作家、田山花袋は、名著『温泉めぐり』(1926年)にこう書いた。温泉王国ニッポンで、ニッポン一の誉れ高い別府温泉郷、その実力のほどーー。

別府温泉
 鉄輪温泉「湯けむり展望台」からの眺望。街中が♨︎もくもくもくもく♨︎。

別府温泉
 温泉には禿げ頭がよく似合う。明礬温泉の「別府温泉保養ランド」にて。

4日目夜:明礬温泉にて

 窓の外には、別府市街と別府湾の夜景が広がっていた。もくもくもくもく、あいかわらずあちらこちらから湯けむりがたなびいている。目をこらすと、ちょうど真ん中辺りに別府駅。そうだ、私はあそこからこの旅を始めたのだ。たったの4泊5日だというのになんと濃密な旅だったろうーー。
 私は、その夜、別府温泉郷の中でも最も高所、標高400メートルの明礬温泉にいた。

1日目:別府温泉にて

「竹瓦温泉」「別府海浜砂場」「ホテルうみね」

 九州、大分県東部にある別府温泉郷の湧出量は、日本一の1日約13万キロリットル。源泉数はおよそ2300カ所と、これまた日本一を誇る。
 別府温泉郷とは、明礬鉄輪(かんなわ)、観海寺(かんかいじ)、亀川(かめがわ)、堀田(ほりた)、柴石(しばせき)、浜脇、それに別府、以上8つの温泉地の総称。鶴見火山群の地下から湧くこれらの温泉の歴史は古く、早くも733年の『豊後風土記』に言及されている。

 別府温泉


 旅の出発点、別府駅に着くと、すでにしてそこは温泉世界であった。まず、ホームの表示板が「別府 BEPPU ♨」。
 しかも、駅前からもくもくと湯気が上がっている。駅前広場に、温泉噴水が設置されているのだ。そして、その横には、♨マーク付きのマントを羽織った翁の銅像が。
 この人、名を油屋熊八(1863〜1935)という。当地の旅館主だった油屋は、別府を全国区の温泉に育て上げた人物である。実は、一説に♨マークを世に広めたのも、この油屋だと伝えられる。

別府温泉

 駅から徒歩約15分の別府湾までの一帯が、八湯の中心、別府温泉で、私は、湾に面した初日の宿にチェックインすべく駅前通りを歩き始めた。
 ところが、これが誘惑の道だった。「駅前高等温泉」「不老泉」「海門寺温泉」……次々と共同湯(公衆温泉浴場)の看板や建物が目に飛び込んできたのだ。とりわけ、「竹瓦温泉」は唐破風造りの堂々たる木造建築で、その姿を見た途端、私はたまらず暖簾をくぐった。

 別府温泉
 市営公衆温泉浴場「竹瓦温泉」。映画『千と千尋の神隠し』(宮崎駿監督)の湯屋のモデルとも。

 暖簾の向こうには、豪奢な大階段を構えた高い天井のロビーがあった。その威風に圧倒されつつ脱衣所に向かうと、さらに驚嘆の空間が待っていた。1階の脱衣所と地下の浴室が吹き抜けになっており、これまた年季の入った大階段で繋がっていたのだ。まるで歌舞伎の舞台のような大仰な設え。
 こ、これは別府、聞きしに勝る……。

別府温泉
 竹瓦温泉/別府市元町16-23/電話:0977-23-1585/ナトリウム・カルシウム・マグネシウム−塩化物・炭酸水素塩泉(写真、男湯)/屋内砂湯もあり/→HPはこちら

 のっけからパンチを浴びた格好の私は、竹瓦温泉を出ると再び予定を変更、湯上がりの散歩を兼ねて別府湾沿いの「別府海浜砂場」(亀川温泉)を訪ねた。ここは、温泉で温まった砂に入るという世界でも珍しい砂湯場。別府湾は瀬戸内海の西の端だから、晴れた日には四国が見えるという。
 そんな風光明媚な砂浜で、黄色いパラソルの下、人々が砂に埋もれてちょこんと頭だけ出していた。〈生き埋め〉に見えなくもない……。近づいてみると、〈生き埋め〉たちはニコニコしながら口々に言った。
「じんわりと温かいよ〜。砂の重さが気持ちいいよ〜」

別府温泉
 別府海浜砂場/別府市上人ヶ浜/電話:0977-66-5737/ナトリウム−塩化物泉/→HPはこちら

 大いに寄り道したため、「うみね」に着いた時には夕方近くになっていた。
 うみねは、湾岸にある大人の隠れ家的ホテル。全室がベイビューで、その上、半露天風呂が付いている。

 別府温泉
「うみね」客室のパノラマ窓。右側に半露天風呂。

 部屋に入ると、高級感のあるモダンな内装に大きなパノラマ窓。ガラス張りの浴室には滔々と源泉が流れていた。うみねの湯は、茶褐色のにごり湯(炭酸水素塩泉)。メタケイ酸を多く含むこの湯は、肌を柔らかくし美肌を育む。
 室内に、源泉が溢れる音と潮騒が重なる。窓に映る海はあくまで青く澄み、海と同じくらい青い空が落日とともに紫色に染まっていった。

別府温泉
 窓の下には透明度の高い海。

 別府温泉
「うみね」の朝食。うみね/別府市3-8-3 電話:0977-26-0002/→HPはこちら







2日目:地獄めぐり

 別府温泉郷の生き字引、平野資料館館長(別府市)の平野芳弘さんは語る。 
「日本の温泉は全11種類の泉質に分類されますが、別府にはラジウムを除く10泉が存在します。こんな所、他にありゃしませんよ。『地獄めぐり』をしてごらんなさい。別府の湯の多様性がよくわかりますから」

別府ブルース
 平野資料館/大分県別府市元町11-7/電話:0977-23-4748/大好きな西田佐知子のレコード・ジェッケットがあってびっくり。『別府ブルース』なんて知らなかった〜。/→HPはこちら

「地獄」とは、地下の火山活動により蒸気や熱湯が地表にほとばしり出る場所を指す。そんな地獄を見て回るのが「地獄めぐり」で、1928年から続く別府名物だが、これを発案したのも駅前の翁、油屋熊八だった。油屋は遊覧バスを用意すると、そこに女子ガイドを乗せた。本邦初、バスガイド嬢の誕生である。
「ここは名高い 流川 情けのあつい 湯の町の〜」
 ガイド嬢による昔ながらの七五調解説を合図に、地獄めぐりのバスは発車した。

別府温泉

 最初に訪れたのは「海地獄」で、美しいコバルトブルーの池から凄まじい勢いで煙が立ち上っていた。硫酸鉄と98度の熱湯がこの色を作るという。

別府温泉

 次なる訪問地は「鬼石坊主地獄」で、こちらは灰色の熱い鉱泥(98度)が丸く膨らんでは弾ける、坊主の頭にも似た愛嬌のある地獄だった。
 他に、エメラルドグリーンの「鬼山地獄」、青白色の「白池地獄」、間欠泉の「龍巻地獄」、地獄の名に恥じぬ真っ赤な「血の池地獄」など、地獄めぐりは、平野館長が語った通り別府の多彩を遺憾なく披露していた。

別府温泉
 ◻︎地獄めぐり(別府地獄組合)/大分県別府市鉄輪559-1/電話:0977-66-1577/→HPはこちら ◻︎地獄めぐり定期観光バス/電話:0977-23-5170(亀の井バス)/→HPはこちら

 2時間の地獄めぐりを終えてタクシーに乗り込むと、ラジオから地元の不動産情報が聴こえた。
「△畳、キッチン、トイレ、温泉付きアパート、月家賃×円」
 アパートに温泉? 別府、恐るべし……。
3日目:鉄輪温泉にて

「温泉閣」「鉄輪むし湯」「地獄蒸し工房」

 3日目の朝は、温泉山永福寺の鐘の音と読経の声で目を覚ました。ここ鉄輪温泉は、1276年に、時宗の開祖、一遍上人が地獄を鎮め温泉を開いたとされる。一遍上人の木像が安置された永福寺を中心に、石畳の小径が続き、旅館や湯治宿、共同湯が軒を連ねる旅情溢れる温泉場だ。湯量も豊富で、街中が湯けむりでもくもくしている。
 そんな温泉天国で、けれども私の気持ちは晴れなかった。出発前からあやしかった風邪が、どうやら本格的になってきたのだ。喉が痛むし、悪寒もする。困った……。
 寝床でぐずぐずしていたら、宿の女将から「鉄輪むし湯」を勧められた。
「石菖(せきしょう)っていう薬草を敷いた、要は和風サウナ。10分も入れば、毒素が出て風邪なんか吹っ飛んじゃうわよ」
 本当かなぁ?
 半信半疑ながらも、藁、じゃなくて石菖にもすがる思いで、私は鉄輪むし湯の門を叩いた。

 別府温泉

 むし湯では、柔和な表情の係員さんが小さな扉の前に立っていた。扉の向こうに石室があり、浴衣を着て入るのだという。
「ハイ、今から扉を開けますからね。10分計りますよ。熱くて我慢できなくなったら、中から扉を叩いてね」
 腰を屈めて石室に入れば、立つことができないほど低く、狭く、うす暗い空間。閉所恐怖症ぎみの私は、泣きそうになりながら石菖の上に横たわった。すると、瞬く間に汗が噴き出しドクドクと流れ落ちた。菖蒲のような爽やかな香りが噴気に溶け込んで、確かに喉や肺に効きそうだ。

別府温泉
 石菖とはこういうものです。鉄輪むし湯/別府市鉄輪上1組/電話:977-67-3880/浴場もある(ナトリウムー塩化物泉)/→HPはこちら

 だが、熱い、やけどが心配なほど熱い。もうダメだ〜。私は狂ったように扉を叩いた。
「はいはい大丈夫。7分でした〜」
 係の人が笑いながら扉を開けて、私は這々の体でむし湯から這い出した。
 浴衣を脱いだら、絞れるほどの汗でずっしりと重かった。

 宿に戻り二度寝をした私は、昼下がりに起きて驚いた。嘘のように悪寒が消えて、身体が軽くなったのだ。鉄輪むし湯、名にし負う……。

 別府温泉
 鉄輪では「温泉閣」に宿泊。大風邪の私に、つかず離れず面倒を見てくれた。その距離感が心地よかったです。温泉閣/別府市風呂本1組/電話:0977-66-1767/ナトリウムー塩化物泉/→HPはこちら

 復活した私はその午後、温泉の蒸気で海山の幸を一気に蒸し上げる郷土料理の「地獄蒸し」を食べまくり、観海寺温泉まで足を伸ばして、「仕出し屋・いちのいで会館」の神秘的なコバルトブルーの露天風呂を堪能し、最後に一遍さんに頭を下げて鉄輪を後にした。

 別府温泉
 鉄輪温泉「地獄蒸し工房」。食材を選び、自分で蒸して食べる体験型施設。別府市風呂本5組(いでゆ坂沿い)/電話:0977-66-3775/→HPはこちら

 別府温泉
 仕出し屋・いちのいで会館/別府市上原14-2/電話:0977-21-4728/ナトリウムー塩化物泉。ブルーの素は、たっぷり含んだメタケイ酸(シリカ)。

4日目:再び明礬温泉にて

「岡本屋旅館」「別府温泉保養ランド」

 最終日の夜、私は、明礬温泉の老舗旅館、「岡本屋」の部屋から別府の夜景を見つめていた。山中にある明礬温泉は、隠れ里のように静寂な集落だ。かつては明礬(入浴剤、湯の花)の産地として栄え、現在も藁葺き屋根の「湯の花小屋」が山道に並ぶ。
 それにしても、先ほど入った同じ明礬温泉の「別府温泉保養ランド」の湯はどうだろう。
「当紺屋地獄は、地獄から直結した温泉です。直接地獄に入っていることを忘れないでください」
 入口に掲げられた注意書きが、その湯の野生、獰猛さ、けれども大自然の恵みを物語っていた。ゴボッゴボッ、内風呂にも露天風呂にも、紺屋地獄が熱い鉱泥を吐き出す音が絶え間なく響き、硫黄を含む酸性泉が、白濁の湯や泥湯となって人々の素肌にねちっこくまとわりつく。これぞ、“別府の土性骨”。
「よっ、別府、ニッポン一!」
 保養ランドの湯を思い出しながら、私は眼下に広がる夜景に掛け声をかけた。

別府温泉
「別府温泉保養ランド」。殺菌効果の酸性泉(旧分類名・明礬泉)なので、「石鹸やシャンプーは使用しないでください。効果がなくなります」の掲示。

別府温泉
 別府温泉保養ランド/別府市明礬紺屋地獄/電話:0977-66-2221/→HPはこちら

 翌朝は、まだ暗い内に岡本屋自慢の露天風呂に身を浸した。青磁色の岡本屋の湯(酸性単純硫黄泉)は、保養ランドとは対照的に繊細な趣だ。へたに動けば壊れてしまうのではと感じるほど危うく、そして美しい。私は古美術を扱うように、最後のひと風呂を慈しみ旅支度を整えた。

別府温泉
 岡本屋の露天風呂(硫黄泉)。色の濃淡は紫外線や噴気の影響で日によって変わる。後方に別府明礬橋。別府市明礬4組/電話:0977-66-3228/→HPはこちら

別府温泉
 岡本屋は、地獄蒸しプリン発祥の地。

「お客様、これから鉄輪ですか?」
 そんな私に宿の人が尋ねた。
「いいえ、東京。どうして?」
 宿の人が、言いにくそうに答えた。
「いえね、明礬温泉の強い酸性の湯でピーリングっていうんですか、肌の角質を取ってね、それから、鉄輪温泉の美容液みたいに柔らかいお湯に入るのがベストって言われてるもんですから」
 あちゃー! 私ってもしかして真逆?
 頭を抱える私の耳元に、数日前に訪ねた平野資料館館長の言葉が蘇った。
「別府八湯は互いに車やバスでほんの5分から10分の場所にあるのに、みんな違う顔をしている。だから、私は言うんです。8日間かけて八湯に各1泊するか、8回来てくださいってネ」



posted by 柳田由紀子 at 15:41| Comment(0) | 日本のにごり湯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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