2015年10月11日

舞鶴引揚記念館と引揚桟橋−−瞼が湿った〈再会と諦め〉の港

 この10月10日、舞鶴引揚記念館が所蔵するシベリア抑留関連資料が世界記憶遺産に登録されたんですね。ちょうど今秋、舞鶴引揚記念館を訪ね、ブログにまとめようと思っていたところでした。

舞鶴引揚記念館

 ところで、舞鶴や引揚げといえば、なんといっても「♫ 母は来ました 今日も来た」の『岸壁の母』です。少し話はそれますが、以前、西田佐知子さんをインタビューした時に、西田さんがこう力説したんです。
「私は、なぜあの方が国民栄誉賞に選ばれないのか、まったく理解できない。あれこそ日本の魂の歌ですよ」
『岸壁の母』を歌った二葉百合子さんのことでした。西田さんというと、都会派&洗練のイメージが強い歌手なだけに、『岸壁の母』を激賞したのはとても意外でしたし、西田佐知子の底力を見た思いでした。

舞鶴
 引揚桟橋。この橋については後述することにしてーー。 
まずは、引揚記念館から。


 舞鶴には、京都から特急(山陰本線、舞鶴線)で約1時間40分。引揚記念館引揚桟橋の最寄駅は「東舞鶴」です。
 引揚記念館は、東舞鶴駅から路線バスで約20分。


舞鶴引揚記念館
 終戦時、海外には660万人以上の邦人が残された。舞鶴港は、政府指定引揚港(全18港)のひとつで(昭和20年10月7日〜昭和33年9月7日)、特に昭和25年以降は、国内唯一の引揚港に。写真は、記念館に展示された舞鶴市婦人会による帰国歓迎のチラシ(以下、写真は記念館の展示品)。

 舞鶴に引揚げたのは、主に旧ソ連や中国など大陸の人々で、舞鶴港は、13年間に664,531名の引揚者と16,269柱の遺骨を受け入れました。記念館では、舞鶴入港引揚船の一覧表を入手できます(無料)。

舞鶴引揚記念館
『妻を背負って』と題された写真には、こんな解説がーー「タラップを上がって来る引揚者には家族の誰かが欠けている。子どもを背負った人の胸には遺骨が抱かれ、妻を背にした人は子どもを連れていない」。

 舞鶴引揚記念館
 終戦時、大陸に残された軍人、軍属の約57万人がソ連へ送られ、そのうち約472,000名がシベリア他の収容所で抑留生活を余儀なくされた。

 
 収容所の抑留に関しては、胡桃沢耕史の『黒パン俘虜記』(直木賞)が秀逸です。何度も読み返した一冊。

舞鶴引揚記念館
「回國日僑」は、日本に帰国する者の意。中国からの引揚者の多くが付けていたリボン。

舞鶴引揚記念館
 引揚者証明書。私が幼い頃、隣の家の仏壇にはいつも、あどけない女の子のモノクロ写真が飾ってあった。朝鮮から引揚げる途中で亡くなったという。あの家族も、一度はこんな証明書を手にしたのだろうか。

 

 大陸からの引揚げについては、藤原ていの『流れる星は生きている』が秀逸です。ていさんは、藤原正彦のおかあさん。

 


舞鶴引揚記念館
 初めてまじまじと見たいわゆる「赤紙」、召集令状。郵送ではなく、役場の兵事係によって直接自宅に届けられた。

舞鶴引揚記念館
 兵士の心得を説いた『戦陣訓』。「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿(なか)れ」ーー他国と異なり、日本軍は投降〜捕虜になることを禁じた。『戦陣訓』は何度も読んだが、現物を見たのは初めて。

舞鶴引揚記念館
『岸壁の母』のモデル、故・端野いせさんのコーナー。この歌は元々昭和29年に菊池章子(終戦直後の名曲『星の流れに』の歌手)が歌ったが、後の昭和47年、二葉百合子の歌唱でリバイバル・メガヒット。

舞鶴引揚記念館
 いせさんが、息子が到着した時に自身の状況を知らせようと、舞鶴引揚援護局に託した葉書。

舞鶴引揚記念館
 昭和31年に発行された息子、新二さんの死亡告知書。引揚船が舞鶴に到着する度に多くの人が駆けつけたが、時とともに出迎えの数が減り、同じ顔ぶれが肩を落とす光景が。いせさんもそのひとりで、死亡通知書を受取った後も息子の生存を信じ舞鶴に通ったという。
 なお、いせさんの死後、新二さんと思われる日本人が中国で生きていると報道されたが、本当に当人だったか議論が分かれる。

 ロサンゼルス在住の私にとって、舞鶴はとても遠い地でしたが、思い切って記念館を訪ねて良かったと心から思っています。館内を巡りながら、何度か目が潤んだことを記しておきたいと思います。
「愚かな特権族の『私欲、保身』の為に引き起こされた戦争の仕打ちが、弱い者ほど皺寄せられるーー戦争はなんとしても避けなければならないーー特権族のあの手この手の巧みな挑発があろうともーー」(飯山達雄写真集『敗戦・引揚げの慟哭』)
 記念館に掲げられていた文章。

舞鶴引揚記念館
住所/京都府舞鶴市字平1584番地 引揚記念公園内
phone/0773-68-0836 fax/0773-68-0370
開館時間/9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館/年末年始、毎月第3木曜日(8月と祝日を除く)
料金/大人300円、学生150円





 ここからは引揚桟橋について。

 引揚桟橋は、東舞鶴駅から行くと記念館から2つ先のバス停から約15分歩いた所にあります。山道だし(途中右側にベニヤ工場あり)、しかとした道標もない。しかもバス停の名前は「平口」と、桟橋には一切触れず。どうして? 他にも、この桟橋については???なことがありました。




舞鶴
「平口」のバス停から港に向かって歩く。「平口」のバス停小屋はものすごく〈昭和〉で寅さん映画のワンシーンのよう。世界遺産登録を機に建て直される前に急げ!(東舞鶴に戻るには、この小屋で手を上げるか、坂を下りJA前のバス停で待つ。ちょっとわかりにくくて、これまた???)

舞鶴
 道を尋ねたら、桟橋まで案内してくれた親切な地元のおばあちゃん(左)。こういう方に出逢うと、日本も捨てたものじゃないと胸が熱くなります。おばあちゃん、ありがとうね(うっかり住所を聞き忘れました。お礼状を出したいので、この方をご存知の方はコメントくださいませ)。
舞鶴
 引揚桟橋。復元されたものだが、おばあちゃんの話では、実際の桟橋はここではなく、湾(東港)の右手突き当たりにある大浦小学校前にあったらしい。かつての写真と比較すると確かにそう思えるし、引揚後の施設として小学校の建物は最適だったろう。本当にそうだとしたら、なぜ、別の場所にわざわざ復元したのか? そもそも、どうしてここにバス停を作らないのか? 疑問符が次々に頭をよぎる。

 そういえば、引揚記念館でも資料が販売されていませんでした。千円以下の小冊子があればいいのに、なぜ売らぬ? まあ、???と言ってしまえばそれまでなのですが、ほのぼのとした土地柄なのかもしれませんね。

舞鶴
「岸壁うどん」って(笑)。


 そういうわけで、引揚桟橋には首を捻る側面もあったのですが、やっぱり行って良かった。歴史は現場を見るに限るの感を強くしました。

舞鶴

 というのは、桟橋が狭い湾のとても奥まった場所にあったからです。引揚船は、舞鶴の土が見えてからこの桟橋に着くまで、相当の時間をかけたはず。母は妻は生きて自分を待っていてくれるのか、あるいは、息子は夫はこの船に乗っているのか。帰る者にとっても待つ者にとっても、カラカラに喉が乾いているのに目の前の水を飲めないような、なんともいえない長い時間だったことでしょう。東舞鶴駅に戻るバスの右手に、細長く続く湾を見ていたら、私の瞼は再び湿ったのでした。
 
 ついでに。

舞鶴
 引揚記念館とはかなり離れた所にある「赤レンガパーク」(http://akarenga-park.com)。海軍の拠点だった舞鶴には、明治、大正期に赤レンガの建造物が多く造られた。今夏封切の映画、『日本のいちばん長い日』(まだ見てないけど)では、「赤レンガパーク」はじめ舞鶴各地でロケが行われたそう。

 なお、舞鶴では市内路線バスが1日乗り放題のパス、「舞鶴かまぼこ手形」(土日祝日限定運行/大人1,000円、小人500円)を発行。これがあれば、引揚記念館も赤レンガ博物館も入場無料です。






posted by 柳田由紀子 at 16:50| Comment(9) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私 このヘルメットの女性の方存じ上げております。長年 林ベニヤにお勤めになっていらっしゃる方で いつも 桟橋をゴミ回収に善意でなさっていらっしゃる方です。
しばらく お時間を頂いたら 内容をお伝え致します。
Posted by 村上憲司 at 2017年02月27日 03:18
村上憲司さま

ご丁寧にありがとうございます!
うれしいです。
そうですか、善意でごみ回収を。やはり徳のある方なのですね。
ぜひ、お礼状を書きたいのでご住所がわかったら教えてください。
以下のコメント欄から送信していただければ、住所が公になることはありませんので。
お手数かけますが、よろしくお願いいたします。

http://www.yukikoyanagida.com/article/412320298.html
Posted by 柳田由紀子 at 2017年02月27日 20:41
村上さま:
 ご丁寧にありがとうございます。はい、急ぎませんのでよろしくお願いいたします。
Posted by 柳田由紀子 at 2017年03月01日 13:51
村上憲司さま:
 こちら、ロサンゼルスは初夏を迎えています。
 この度は、ご丁寧に、また根気よくおつきあいくださり誠にありがとうございます。
 早速、お礼状を書きます。これで数年来の願いを果たすことができます。村上さんのおかげです。心から感謝しております。
 なお、先方の連絡先がみなさんにわかってしまってよろしいのでしょうか? 上記のコメント、私が削除した方がいいならおっしゃってくださいね。
 では、これからお便りを書きま〜す。
Posted by 柳田由紀子 at 2017年04月15日 15:46
柳田様

おはようございます。
それでは可能な限り 私の連絡先をはじめ
削除をよろしくお願い致します。

連絡がとれて良かったです。
Posted by 村上憲司 at 2017年05月13日 07:40
村上さま:
 先様には、数週間前にお礼状を出しました。おそらくすでに届いていると思います。村上さんのおかげです。本当にありがとうございました。
 また、連絡先がわかる文章は削除いたしました。もっと削除する必要があればおっしゃってくださいね。
 近々、舞鶴にまいる予定はございませんが、いつか再訪する際には村上さんにもお会いしたいです。お店の名前など、お知らせいただければ幸甚です。もちろん、その情報はすぐに削除しますから。よろしくお願いいたします。
Posted by 柳田由紀子 at 2017年05月15日 02:34
村上様:
 ご返信をありがとうございます! 東舞鶴なのですね。前回訪問時、ビジネスホテルではなく旅館に泊まりたかったので、東舞鶴で一泊しました。あの時に村上さんを存じ上げていれば、間違いなくスナックに行ったです! いつになるかはわかりませんが、次回は是非とも。
 上記コメントは消しておきますね。
 では、いつか。どうぞお元気で。
柳田由紀子
Posted by 柳田由紀子 at 2017年05月22日 02:46
突然失礼いたします。上の記事の、T.Iさんですが、柳田様からの葉書を持ち歩き、返信の方法を探して居られます。住所を見せていただきましたが、ロサンゼルスの記述が無く、自信がなかったので教えてあげる事が出来ませんでした。再度連絡を取って頂ければ、喜ばれると思います。返信の宛先を大きな文字で書いて送ってあげてください。
返事を出したがって居られます。
Posted by 匿名希望 at 2017年06月08日 15:50
匿名希望さま:
 ご丁寧にありがとうございます。お便りが届いたと知り、うれしいです。持ち歩いてくださっているなんて! 感激です。すぐに、大きな字で住所を書いてお便りします。
 ありがとうございました!
Posted by 柳田由紀子 at 2017年06月08日 16:28
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