2015年09月28日

アメリカで複雑骨折してみたら

LALALA magazine, the 09/18/2015 issueより転載
文/柳田由紀子

 あれは8月末の未明。トイレに起きた私は、不覚にも電源コードに足を絡めて転倒。左手甲を複雑骨折してしまった。以来苦節3週間。今、私は徹底的に思っているーーアメリカの病院には二度と行きたくない、と。

複雑骨折
 これはイメージ写真です。私が複雑骨折したのは左手の甲。

 転倒後30分。左手中指と薬指が異様に曲がった状態の私はERに急いだ。ER=エマージェンシー・ルーム=救急治療室。だが、そこはまったく〈緊急〉じゃないのだった。急患室に通されたものの、一向に医者が現れない。その内に指は腫れ上がるは、痛みは増すはで、私はナース・ステーションに抗議に行った。
 と、ナースたちはしれっとして言うのだった。
「ERで7、8時間待ちは当たり前よ」
 医者の処置が終ったのは、その言葉通り午前10時。だったら朝まで待って一般病院に行けば良かったと、首を捻る私にナースは告げた。
「X線の結果、単なる突き指。ただ、念のために手の専門医に見てもらって」

複雑骨折
 病院からの請求書。金の要求だけは仕事が早い。小1時間の手術代は4万ドル強(約500万円)。ER他を含めれば総額いくらになるのか? 保険に入ってて良かった〜。

 翌日、専門医を訪ねると、医師はX線を眺めながらしかと診断した。
「骨折していますよ。2本の指の根元が複雑に裂けた状態。これは、さっさと手術しちゃった方がいいな」
 マジ? 「単なる突き指」はいずこ? 目の前が真っ暗になった私をよそに、医師がサクサクと手術日時を決定する。

 手術の日、医者を含めスタッフはみんな有能で親切だった。無事、小1時間の手術(プレート2枚と無数のピンが入れられた)を終えた私は、術後室に横わたった。しかし、簡単に入院させてくれる日本と違い、アメリカの病院は過酷である。
「全身麻酔と鎮痛剤が効いているので、起きたらめまいがして〈必ず〉吐きます。でも、時間なので出て行ってください」
 そう言って、ナースはやさしく私にゲロ袋とタオルを手渡した。
「ご親切にありがとうございます」
 私はお礼を言いつつ、〈親切の本質〉について朦朧と考えながら用意された車椅子に乗った。
 と、次の瞬間、係の人がけっこうなスピードで車椅子を押し始めた。「〈必ず〉吐く」と言われた患者に、それを押し留める力があろうはずもなく、家人が待つ車に辿り着いた時、ゲロ袋はその用途を存分に果たしていた。

 術後1週間は、なんの治療も施されなかった。痛み止めをしこたま与えられ、「38度以上発熱したら電話を」の由。
 そうして1週間後。医者が包帯をほどいた瞬間、大袈裟でなく私は卒倒しそうになった。なぜって、手術の切り口が10センチ以上もあったから。10センチといえば、小さな私の甲を大縦断である。こんな大変な手術だったのか。
 愕然として思わず目をそらした私に、傷口を消毒しながら医師が告げた。
「ちゃんと見てなさい。君は明日から10日間、これを自分でやるんだから」
 悪い冗談のような本当の話である。

複雑骨折
 手術した病院は、エンジェルス選手御用達。彼らも〈自己消毒〉しているのだろうか!?

 以来、私は1日1度〈自己消毒〉をしている。鳥肌が立ち、身体は震え、消毒液が傷口に命中しないこともままある。これはもう〈鳥肌越え〉の拷問。日本ではこういうのって、素人さん御法度の世界じゃない? 「傷口に触れるな」って言われない? 
 さて、今日もそろそろ日課の〈鳥肌越え〉時間が迫ってきた。あー、もー、や!










posted by 柳田由紀子 at 21:23| Comment(0) | 過去の雑誌記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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