2014年01月10日

アメリカのがん予防事情

「クロワッサン」(マガジンハウス)2011年4 月10日号より転載
文・柳田由紀子

 豆腐は緑茶をサプリメント感覚で摂る、肥満大国の食習慣。

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「アメリカ人は、おいしいと思ってTofuを食べているわけじゃないですよ」
 そう教えてくれたのは、アメリカの豆腐メーカーの社長さん。
「彼らは、健康のためにTofuを食べるんです」 え? 本当?? 半信半疑の私は、実際に何人ものアメリカ人に尋ねてみた。すると、社長さんと同じ答えが返ってきたのだった。近年、米国ではTofuの他に枝豆や緑茶も人気だけれど、彼らはそれらを「サプリ感覚で口にする」という。
 ロサンゼルスの「リトルカンパニー人間ドックセンター」所長、桜井フレッド裕医師が解説する。
「アメリカ人のがん罹患率は3人にひとりと、『1人にひとり』の日本より低い。米国は、何十年も国を挙げて必死にがんと取り組んできました。結果、確実に罹患率は低下しています。上昇傾向にある日本とは反対ですね。政府はがん予防法を懸命に広報していますが、その三本柱が『運動』『禁煙』、そして『食生活』なのです」
 ‘70年代から食の啓蒙を通じてがん予防に取り組んできた米国

 米国では、71年にニクソン大統領が全米がん対策法に署名、「がん戦争」を宣言した。
 以降、
* 77年 上院特別委・マクガバン委員会の報告書、「米国の食事目標」
* 79年 公衆衛生局長官による健康促進と病気予防のリポート、「ヘルシー・ピープル」
* 90年 国立がん研究所によるがん予防食品の科学的解明、「デザイナーフーズ・プロジェクト」
* 92年 農務省の食生活指針、「フード・ピラミッド」
* 05年 「フード・ピラミッド」を、年齢や平均運動量から各人に適応させた「マイ・ピラミッド」(農務省)
* 07年 がん研究財団による「がんになる確立を下げる十項目」
 と、繰り返し熱心に国民に対して食の改善を説いてきた。

 特に、「がんになる確立を下げる10項目」は、最も大規模で科学的な分析に基づいた研究の集大成。全米のがんエキスパートたちが、5年間、7,000の研究をまとめた517ページの報告書である。
 下は、その報告書が勧める食生活だ。報告書には他に、とりわけ予防効果のある食品群も載っていて、そこには大豆と緑茶がちゃんと明記されている。アメリカ人が、サプリ感覚で日本の食材を摂取する所以は、どうやらこの辺りにあるらしい。

【米がん研究財団が勧める食生活】
* ファストフードのような脂肪分と糖分の多い食事を避ける。
* 毎日、5種目以上の野菜を食べる。
* 黄緑色野菜、果物、全粒穀物、豆類を積極的に摂る。
* 鶏肉を除く肉類の摂取は、週に510グラム以下に。
* 飲酒は女性の場合、1日ワイン1杯、ビール小瓶1本以内(男性は倍)。
* 塩分を控え1日6グラム以下に。
* サプリメントに頼らず、必要な栄養分は食物から採る。







 23年前に乳がんに罹患したシャリー・ナイクリストさん(72歳)が語る。
「術後、私はコーヒーをなるべく控え、緑茶を飲む暮らしに切り替えました。新聞や雑誌、テレビで政府のリポートがしばしば報道されますから自然と知識は育まれます。でも、医師から直接食指導を受けたことはありませんね」
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 なるほど、だけどあれ? 政府がこんなに力を入れているというのに、医療現場では食を啓蒙しないのだろうか?
「この国ががん治療の場で、食について言及するようになったのは最近、5年から10年のことなのです」
 こう説明するのは、オンコロジストのヒューゴ・ヒュール医師。オンコロジストとはがん専門医のことで、米国では厳しい国家試験をパスして初めて資格を得ることができる。内科、外科、放射線科他の医師と患者の中心になって治療を選択、進行するという重大な役割を担ったがん専門医だ。
 ヒュール医師が続ける。
「私自身は患者に、低脂肪、高繊維など正しい食習慣を指導します。また、放射線治療、化学療法、外科手術など治療法によって食の助言も異なります。しかし、オンコロジストが皆、食に言及するかといえばそうはありません。政府から指導義務はないし、オンコロジストにも各人異なる考えがありますから。ただし、米国はセカンド・オピニオンを得る環境が整っていますから、患者による医師や治療選択の幅は日本より格段に広いと思います」
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 ところで、がんと食習慣に本当に因果関係はあるのだろうか?
 この疑問に対し、桜井医師が興味深いデータを示してくれた。「リトルカンパニー人間ドックセンター」が、過去15年間に集めた在米日本人1万8千人(中心年齢30歳〜50歳)のがん罹患部位別統計である。これによれば、1位・乳房(42%)、2位・肺または気管支(17%)、3位・大腸または直腸、卵巣、子宮頸部、肝臓(各7%)、4位・甲状腺、腎臓(各4%)。
 日本に多い胃がんが見られず、逆に乳がんの数字が極めて高い。米国女性のがん部位トップ3は、乳房、肺または気管支、大腸または直腸だが、センターの結果はこれにぴったりと当てはまる。
「同じ日本人でも日米で差が出る、その原因は食習慣にあると私は考えます。動物性脂肪が多い米国型の食事を長期間続けることで、がんも米国型になっているのです。とりわけ乳がんは、動物性脂肪の摂取過多と深い関係があると言われます」
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 がんは格差病? 貧困層のがん死亡率が高くなっている。

 こってり系のアメリカン・フードは、国民病ともいえる肥満だけでなく、ガンの在り方にも影響を及ぼしているである。そのため米がん研究財団は「BMIは21〜23以下に」と指導するが、成人の3分の1が肥満状態(BMI、30以上)なのが米国の実態だ。
 そんな肥満が最もはびこっているのが、年収1万ドル(82万円)以下の貧困世帯。貧困とがんについては、米国立がん研究所のハロルド・フリーマン医師が、「貧困層ほど、がんで死亡する確率が高い」とのいささかショッキングな論文を発表している。
 フリーマン医師は、その理由として「無保険のため通院できない」「がん知識の不足」「肉食、深酒、喫煙」などの悪しき食習慣や嗜好をあげるが、「手術をすれば、空気に触れてがん組織が広がるという迷信を信じている人々も多い」というから驚いてしまう。
 現在オバマ政権は、国民皆保険を筆頭に、肥満防止関連法の整備、ミシェル夫人が音頭を取っての食育など、肥満と貧困や医療の問題に積極的に取り組んでいる。だが、米国の格差問題はあまりに深く広い。
 貧困層が、Tofuをサプリ感覚で食す日がいずれは来るのか? そしてその時、米国のがん罹患率はさらに下がるのだろうか? 

photo/ Yukiko Yanagida

*拙著『アメリカン・スーパー・ダイエット』(文藝春秋)は、
5年間のリサーチを経て発表した「アメリカの肥満事情」の決定版!





posted by 柳田由紀子 at 06:13| Comment(0) | 過去の雑誌記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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