2013年12月29日

全米格付けNo.1の公認売春宿、ラスベガス「チキンランチ」

月刊「Playboy」(集英社)2003年3月号より転載/文・柳田由紀子

 column: 映画の舞台にもなった「チキンランチ」159年の歴史
テキサス1の赤いバラ.jpg

 チキンランチの創業は、1844年に遡る。19世紀半ば、西部開拓の機運が高まるテキサスで、チキンランチは産声を上げた。当初の主たる客は、南北戦争の従軍兵士たち。それが、後にはカウボーイたちに変わった。20世紀に入ってからは、第1次、第2次世界大戦の兵士もランチに足繁く通ったようだ。 チキンランチと命名されたのは、大恐慌時代(1929年〜)のこと。現金に不足した男たちは、お金の代わりに食糧持参でランチを訪れた。最も一般的だったのが、ニワトリ1羽とセックスの物々交換。それゆえ、テキサス州ラ・グランジに構えられたこの豪勢な売春宿には、ニワトリの鳴く声がひっきりなしだったとか。




 そんなチキンランチを、一躍有名にしたのが、”The Best Little Whorehouse in Texas”というブロードウエイ・ミュージカル。ロングラン公演を果たしたこのミュージカルは、後にバート・レイノルズ(保安官役)とドリー・パートン(女将役)の主演で映画化もされている(邦題:『テキサス1の赤いバラ』1982年)。
 映画で扱っているのは、テキサスのチキンランチが閉鎖に追い込まれる顛末だ。実は、1973年夏、チキンランチは地元のモラリストを中心とする売春反対運動の矢面に立たされ、閉店を余儀なくされたのだ。閉鎖にあたっては大混乱をきたしたようで、残念ながら当時の調度品や写真などは各地に散逸してしまった。その後、建物は一時ダラスに移築されレストランとして開業されたが、それも数年後には閉鎖してしまった。




 チキンランチが、現在の地に新装開店したのは、今からおよそ30年前。当時、すでに売春が合法化されていたネバダ州に、安住の地を求めたのである。お客の中には、
「昔をなつかしんでテキサスからやって来る老紳士も多い」
 と、マネージャーのデボラは語る。
 159年の歴史を誇るチキンランチ。現在のオーナーが、元高校教師だという事実もふるっている。






posted by 柳田由紀子 at 23:42| Comment(0) | 過去の雑誌記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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