月刊「エンジン」(新潮社)2013年5月号より転載/文・柳田由紀子

photo by Masaru Suzuki
イラストレーター、グラフィックデザイナーの和田誠さんは、アメリカの映画や音楽が大好きでとても造詣が深い。その和田さんが企画、監修、選曲をしたスタンダード・ナンバーのアルバムが発売された。題して、『いつか聴いた歌ーースタンダード・ラヴ・ソングス』(2枚組全48曲)。
「なぜ恋の歌を集めたかというと、世界中の歌がつまるところ恋を語っているから。故郷、海、山、食べ物ーーさまざまな事柄を扱っていても、最後は恋に行き着くんだよね」
和田さんは、自身が装丁した本がずらりと並ぶ仕事場でそう語った。背表紙はすべて、日本人なら誰もが知っている氏の描き文字。洒落た文字が壁面を覆い、仕事場全体に独特の和田誠ワールドが漂う。
2枚組のアルバムは、1枚目が「Love is(恋とは)」で2枚目が「Torch(嘆き)」。Torchには、『松明』の他に『恋に身を焦がす』という意味がある。恋の嘆きや哀しみを歌った曲がトーチ・ソングだ。
「選曲は悩むけれど楽しい」
と、和田さんは言う。
「曲選びは無論のこと、どの歌手の、どのヴァージョンとなると無限に選択肢があるからね。日本と違って、アメリカではひとつの歌がひとりの歌手の専売にならず誰もが歌いたい歌を歌います。そうやって多くの歌手が、時代を超えて歌い継いだ歌がスタンダードとして生き残る。だから、たとえばビリィ・ホリディ、サラ・ボーン、エラ・フィッツジェラルドが同じ歌を歌っていたりするでしょ。そうすると、一番悲しいビリィ、明るいエラ、その中間のサラ、彼女たちの良さが最も出ている歌はどれかななんて考えるわけで、それは実に楽しい作業でした」
このアルバムでうれしいのは、訳詞もすべて和田さんが手がけていること。
「英語の歌は韻を踏んでいるし、『Love Me or Leave Me』のように韻以外の工夫があったりするから、ニュアンスを活かしつつ日本語に移し替えるのはほぼ不可能なんだけれど、『ドレミの歌』みたいに酷い訳詞がまかり通っていたりするから(ドはドーナツじゃなくてdeer、鹿)、まぁ、僕なりにできることをしようと」
実は和田さんは、かのヘレン・メレルと東京の街をデートした経歴の持ち主だ。その時、和田さんの頭にはどんな恋の歌が浮かんだのだろう?
「デートじゃないよ、ただのガイド。恋の歌も浮かばなかったなぁ」
照れ性なのか粋でないからか、和田さんは私的な話を嫌う。でも聞いてみたいな、和田さんの恋の思い出と恋の歌。次回はバーで是非その話を。
ラベル:和田誠 『いつか聴いた歌』