2013年11月02日

『ホレホレ節』が聴こえるーー「ハワイ・プランテーション・ヴィレッジ」

 ♪行こかメリケンよー 帰ろか日本
  ここが思案の ハワイ国

 その昔、ハワイのプランテーションで日本人移民が作った唄に、『ホレホレ節』という哀愁に満ちた民謡があります。ホレホレとは、ハワイ語で砂糖キビの枯葉を取り除く作業のこと。この唄には、労働、日常、金銭、男女間のことなど、日本人移民の心情が濃厚に投影されています。

 ♪ハワイ ハワイと夢見て来たが
  流す涙は キビの中

 ↓は、「ハワイ・プランテーション・ヴィレッジ」でボランティア・ガイドの方が唄ってくれた「ホレホレ節」です。


 なんだか切ないですよね。今では確固たる地位を獲得したハワイの日系アメリカ人ですが、これが第二次大戦以前の彼らの現実だったのです。 
 オアフ島のほぼ中心、ワイパフにある「ハワイ・プランテーション・ヴィレッジ」は、20世紀初頭のプランテーション生活を伝える屋外博物館。ワイパフは、かつて実際に砂糖キビ畑や製糖工場があった地です。
ハワイ・プランテーション・ヴィレッジ


 ヴィレッジには、ホノルルから移築した若宮稲荷神社(1914年〜)の他、およそ30棟の建物が復元されています。プランテーションの1日は、朝5時の蒸気笛で始まり、夜8時の蒸気笛で消灯。朝の6時から夕方4時半まで、炎天下のハワイで働きづめだったといいます。
ハワイ・プランテーション・ヴィレッジ


 プランテーション労働者には、日本人の他、フィリピン、韓国、中国、ポルトガル、プエルトリコからの移民がいました。下の写真は、「バンゴー」という労働者の身分証明書。彼らはこれを首にぶら下げて、名前ではなく番号で呼ばれていました。切ない……。
ハワイ・プランテーション・ヴィレッジ


 移民労働者の住宅は長屋か寮形式で、国別のブロックに分かれていました。これは日本人移民の室内。ヴィレッジ内には、日本人移民地区の他、中国人移民の料理館、韓国人移民の家、フィリピン人移民の寮などがあり、国際色豊かです。
ハワイ・プランテーション・ヴィレッジ


 日本人移民ブロックの床屋さん。
ハワイ・プランテーション・ヴィレッジ


 同じく銭湯。他に、診療所やお豆腐屋さん、よろず屋、相撲土俵なども復元されています。
 ハワイ・プランテーション・ヴィレッジ


 初期の労働者住居は過密で不衛生でした。ハワイ県衛生局からのネズミと疫病に関する注意書き。
ハワイ・プランテーション・ヴィレッジ


 綿花。ヴィレッジには、綿の木や砂糖キビ、コーヒーの木なども植えられています。
 ハワイ・プランテーション・ヴィレッジ


 プランテーションの移民労働史は切ないにはちがいないのですが、それでも精一杯環境を改善して、より良い共同体を作ろうとした同胞たちの足跡が美しく、訪ねて良かったと心から思った野外博物館でした。

Hawaii's Plantation Village
94-695 Waipahu St. Waipahu, HI 96797
Phone: 808-677-0110

*なお、ハワイの日系人に関しては『二世兵士 激戦の記録』(新潮新書)に詳しく書きました。
 








posted by 柳田由紀子 at 17:56| Comment(0) | 日系アメリカ人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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